残業ゼロへの挑戦 1⃣

震災でも納期死守

転機は、けんか別れに終わった1本の電話だった。

「カネは要らない。その代わり、御社とは金輪際、仕事をしません」

東日本大震災から3日後の2011年3月14日の朝。ITシステム開発会社「ユーワークス」(東京都文京区)の社長、吉本英治さん(38)は下請け参加していたショッピングサイト開発事業を巡る顧客に、自社の担当社員を少し休ませたいと伝えた。「福島の実家と連絡が取れない。帰省したい」。社員から相談を受け、社長自らの直談判だった。だが、回答はノー。「納期は死守してもらわないと、お金は払えない」。その言葉に怒りが爆発した。大手物流グループ企業に属する顧客に対し、当時のユーワークスは、何かあればすぐ赤字に転落するような零細。しかも、4次請けという多重下請け構造の「最下層」にいた。

「社長の僕が社員に許可した休みを顧客が拒否し、(震災で)世の中が明日どうなるか分からない状況でも、納期死守。そんな異常な価値観の階層にこれ以上いたくないと思った。お金欲しさで目の前の仕事を引き受け、こんな階層に会社と社員を置いてきた自分自身に腹が立った」

未収金730万円を残しての決別。それは、震災前の階層との別れでもあった。

毎日新聞/2018/10/15/日付より