被災地の7年~忘れない3.11

生きていれば20歳

 横殴りの雨が佐藤さんの服をバチバチと鳴らす。あの日、児童を飲み込んだ北上川が低気圧にうねりを上げた。5日午後2時、気温は5度でも体感温度はさらに寒い。年に何度も来ない記者を案内するために大川小を歩いた。
 傘は差さない。全身がずぶぬれになっても息子を奪った大津波や寒さと、比べる余地もなく、嵐を受け止めた。
 大川小から海側訳200㍍の田んぼで遺体で発見された雄樹くんは生きていれば今年9月、20歳になる。成人した息子を想像して、と聞かれても「雄樹の友達が車を運転しているのを見て驚く。そういう年なんだなと。でも雄樹が大人になった姿は想像できないな」。無理もない。息子の時はあの日で止まっている。
 震災前日、小学校卒業に合わせて手紙をもらった。「12年間、育ててくれてありがとう。言うことを聞かなくてめいわくかけてきたけど。心の中では感謝していました」。早すぎる遺言になった。

日刊スポーツ/2018/03/07/日付より

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