新聞で始まる 豊かな新生活

日本新聞協会と信濃毎日新聞社など全国の会員新聞・通信・放送社は、4月6日の「新聞をヨム日」から12日までの1週間を「春の新聞週間」としている。新生活が始まるこの時期に合わせ、各界で活躍する人に、活字と触れ合うことの重要性や日頃の情報収集方法、新聞に対する思いを聞いた。

多様な「物語」発信して

新聞を手に取るようになったのは小学4年生の頃。少年野球を始めてスポーツ面を開くようになり、気に入った記事をスクラップしていた。

テレビ欄も欠かさず見ていた。ホームドラマが好きな、変な子だった。大学を出てテレビの制作会社にいた1988年の夏、東京・西巣鴨で4人のきょうだいが置き去りにされた事件が発覚した。母親が失踪し、子どもだけで暮らしていた。批判の矛先は逮捕された母親や長男、彼らに気付かなかった近所の人に向かった。行政を批判する時代ではなかった。悪者を探して片付けようとする風潮に強い違和感を覚えた。

そんな中、ひとつの新聞記事が目に留まった。生き残った妹が「お兄ちゃんは優しかった」と話しているという。書いた記者にもあった。世論が子どもを断罪するのを「食い止めたい」という思いを持っていた。この子たちの時間を掘り下げてみようと考え、映画「誰も知らない」の脚本を書きあげた。

昨年公開された「万引き家族」を着想したのも新聞の記事だった。万引きで生活する親子が釣りざおだけは売らずに家に残していたから足がついて逮捕されたという。それを読んで「きっと親子で釣りをしたかったんだろうな」と思った。盗んだ釣りざおで糸を垂れる、そのシーンに向かって映画を作った。

信濃毎日新聞/2019/04/06/日付より

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